2026年のいまだからこそ、コロナ禍当時を振り返って、理解できることもたくさんあるのではないでしょうか?そして、大切なことは過去を冷静に整理し、次に活かすことだと思います。
コロナは、私たちにとって『水』みたいな側面がありました。水そのものは、命を支えるものです。でもそこに人工甘味料や着色料などの色や味がつくと、体に害を及ぼすこともあります。
同じように、コロナにおいても、そこに不安や恐怖の色が重なると世界が息苦しく感じることがあります。
コロナだけではなく、すべての出来事に同様のことが言えます。例えば、病氣や人間関係、ひいては日中関係や経済情勢にいたるまで、あらゆる問題や、湧き上がってくる感情は、自分の内なる心が映し出した結果になります。
繰り返します。コロナは水同様に良くも悪くもありません。新形コロナウィルスはただの風邪です。
心理学で有名なものの一つにプラシーボ効果というものがありますが、それによると、思い込みや意識が現実世界に影響を及ぼすとされています。例えば、風邪や頭痛などの症状があるとき、ただのビタミン剤に対して、『風邪薬』だとか『頭痛薬』だと思わせて服用させることで、本当に治りやすくなる現象につながるということです。
人の意識の力を極めていけば、他者に触れずとも、人の経絡や軸を乱れさせることもできます。さらに言えば、意識の力を最大限まで高めていけば、意図するだけで、場に調和をもたらすこともできると思います。
つまり、『コロナは怖いものだ』とか『コロナになると苦しくなる』と本氣で思い込んでいると、実際にそのような現象を引き寄せる場合があるということです。
もう一度繰り返しお伝えします。この記事では主にコロナに関する情報をお届けしますが、コロナとはメタファーです。つまり、コロナの問題をコロナの問題だけで終わらせず、そこからフラクタル的観点に落とし込み、あらゆる出来事を俯瞰して見ること大切になります。
そして願わくば、より多くの人が、不安や恐怖の色メガネを取り外すことで、素の自分に戻り、本来の地球は愛が溢れている世界だと思いだしていただければ幸いです。
※この記事は医療的見解に基づく情報ではなく、個人的感想が入り混じっていることをご了承ください。
新型コロナウィルスの違和感ともう一つの感染症!
コロナが流行した当時、ウィルスだけじゃなく、もう一つの感染症があったように思います。
それは、恐怖です。
例えば、感染者数の速報や死亡者数の連日の報道などがそれにあたります。
人は不安や恐怖を感じているとき、無意識に思考が狭くなります。
結果的に、副反応で苦しむリスクがあるワクチンを接種することを指して『誰かのための思いやり』といい、感染者でない人にもマスクを着用させることを指して『義務』だとかいうこともありました。
つまり、コロナ禍の最大の問題点は、ウィルスそのものではなく、『恐怖を生む構造』や『疑問を口に出せない社会』だったと思います。つまり情報とは人を縛る鎖にもなります。言い方を変えれば、情報とは洗脳の土台になるものということです。
大切なことは、自分の頭で考え続けることです。そして、異なる選択をした人の意思においても尊重することが大事になると思います。
ちなみに、新形コロナウィルスの存在について問いたいことがあります。
『いったい誰が、新型コロナウィルスを発見したのでしょうか?』
そして、『あなたは、その新型コロナウィルスを実際に見ましたか?』ってことです。
ちなみに、ここで言いたいことは、誰かやメディアの情報だけを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考え、自分で確かめることが大切になるということです。
例えば、コロナワクチンを推進する人や国においては、当初、『ワクチン接種は安全』だとか繰り返し述べることも多々ありました。一方でワクチン接種開始から数年たった現在、各地でその後遺症で苦しんでいる人が大勢います。
また、ワクチン接種した人の割合が増えたのと同時に、近年では超過死亡率が上がってきていますが、果たしてこれは本当に偶然と言えるのでしょうか?
要するに、情報とは一方通行で見るものではないということです。
PCR検査の違和感〜本当に陽性反応は危険!?〜
コロナの流行当時、新聞やテレビなどのメディアは毎日のように『感染者』という数字を報道していました。その数字の根拠として使われてきたのがPCR検査です。
PCR検査はウィルスの遺伝子の一部を増幅し、存在を検出することができます。
このPCR検査ではCT値と呼ばれる増幅回数の設定によって、検出の感度が大きく変わります。CT値を高く設定すると、ごく微量のウィルスの残骸も検出されることがあります。つまり、場合によっては、すでに感染力を失った断片までも検出されることがあるということです。
その結果、症状がなかったり、他人にうつす可能性がほとんどない人でも陽性と判定されることもあります。このような人も統計上は感染者数に含まれるため、実際に感染を広げる可能性のある人の数と、メディアで報道されている感染者との間にズレが生じることになります。
例えば、私たちがある人物を特定するとき、顔つき・声・身長・体型・話し方・雰囲氣など、全体を見て『田中さんだ』とか『斎藤さんだ』とかって判断します。
そのため、指先の爪だけを見て、『この人だ!』って判断したり、『この人は危険人物です』と断言することはできません。
PCR検査もこれに似ていて、『ウィルスの一部の情報』は分かりますが、感染力の強さの状態や、どれほど体内に存在しているのか?といった点まではPCR検査単独では判断できません。いわば、『爪』だけを見ているような状態になります。
つまり、PCR検査が調べているのは、『生きたウィルスがどれほど増幅しているか』ではなく、『ウィルスの遺伝情報の一部が存在するかどうか』という一点だけなのです。
もっと分かりやすく言えば、アルコール度数0.1%以下のノンアルコール飲料や調味料を使用した料理を飲食した後に車の運転をしたとします。そのとき、検査でアルコールを40倍程増幅させると、誰でも、飲酒運転の容疑で捕まるリスクがあるということです。
その場合、もはやお酒を飲んだか飲んでいないかは二の次になります。
CT値を高く設定するというのは、それに近い部分があります。要するに偽陽性になることもありえるということです。(※ちなみに、日本ではPCR検査のCT値が最も高い35〜40程度の基準が広く使われていました)
実はウィルスに関しては段階があります。
- 付着(暴露):体の中にウィルスが入っただけの段階。
- 感染:体内でウィルスが増殖し始めた状態
- 発症:発熱や咳などの症状が出た状態
PCR検査では、このうち付着の段階でも反応することがあります。
だからこそ医学の世界ではPCR検査は『診断や研究の補助』にはなるが、それ単独で病氣の重症度や感染力を決めるものではないと位置づけられてきました。
そもそもPCR検査を開発したキャリーマリス氏も「新型コロナウィルスを特定するためにPCR検査を作った」なんて一言も述べていません。
それにもかかわらず、現実の社会では
陽性=感染者=危険
という単純な図式で扱われてきました。この運用の仕方が、数字と実態の乖離を生み、社会不安を必要以上に大きくした一因になったと思います。
コロナワクチンの違和感〜そこから学べること〜
コロナワクチンは『感染を防ぐため』とか、『重症化を防ぐため』とか、『最先端の医療技術だから安全』とかって説明され、半ば当然の選択肢のように私たちの生活に入り込みました。
周囲の空氣や社会の流れの中でコロナワクチンの接種を選ばざるを得ない人も多々いたと思います。
ワクチンに関する問題点は、十分な情報や自由な選択肢が与えられたうえで、本人が納得して選ぶことができたかどうか、だと思います。
ワクチンを打った後遺症で苦しんでいる人は今現在においてもたくさんいます。
ここにおいては論より証拠ということで、参考動画をご覧いただければと思います。
ちなみに、私が働く職場でも、コロナワクチンを摂取した副反応としてあったのは、元氣だった人が三日三晩動けなくなったり、足が思うように動かせなくなり手術を受けることになった人などがいます。
ワクチンの接種で特に厄介なのは、一見、因果関係が分らないとされる免疫機能低下や、それにともなう時間差での死亡などがあります。(※近年、超過死亡率が増えているのも偶然ではないと思います。)
ワクチンにおいて大切なことは、友だちや周りの意見でもなく、新聞やテレビなどのメディアの情報を取り入れることでもなく、多数派の空氣や流れに従うことでもありません。本当にワクチンを摂取するのが安心・安全なのかを自分で調べることだと思います。
これはワクチンに限らず、全ての選択肢において同じことが言えます。つまり、何事においても自分の頭で考え、自分で決断することが大切になるということです。
また、これからの時代で、何かを決断するときにおいては、『どう生きるべきか』ではなく、『どう生きたいのか』が重要になります。
ワクチンにおいても、シンプルに自分の心に確認したら、おのずと答えは見えてくるはずです。そのときに打ちたければコロナワクチンを接種すればいいですし、打ちたくなければ接種しなければいいだけの話です。
ちなみに、ときに自分が選んだ選択肢の結果、自分の望む状態と裏腹の結果になることもあると思います。その際、悲しい氣持ちになったり、後悔をすることもあるかもしれません。
ただし、私たちにできることは、それらをひっくるめた上で、次の言葉を使用することが重要になります。
『それがあったからこそ』
その一言が、過去の鎖を断ち切る言葉になると思います。
場合によっては、到底、『それがあったからこそ』と捉えることができない出来事もあると思います。
それこそ、ワクチンの副反応で、麻痺が残ってしまった人とか、愛する人を亡くしてしまったなどの出来事と直面する人もいると思います。
ただし、この世界は基本的に陰陽で成り立っています。太陽(光)があれば影(闇)があるように、因が発生するのであれば、必ず陽となる側面も存在します。
だから、想いとは裏腹の現象が起きたときでも、『それがあったからこそ』との言葉を未来で言うと決意できるかどうかが大切になります。
『それがあったからこそ』につづく、あなたが想像する世界線は、あなただけが創造することができます。
なぜなら、あなたの心を感じられるのは、この世界であなたしかいないのですから。
『ワクチンを接種するかどうか』とか『ワクチンを接種したか、否か』は二の次、三の次の話になります。
それよりも大切なことは、あなたの心の状態です。
いずれ辿り着く未来の世界線で、あなたの心がより喜びで満ち溢れることを願っています。
一応、ワクチンに関する章ですので、とりあえず参考までにワクチンに関連する情報を以下に載せておきます。
マスクの違和感〜それって本当に必要?〜
先ほどの項目でもお伝えしましたが、生きる上で大切なことは自分がどうしたいのか?です。
マスクにおいても着用したければ着用すればいいし、マスクを着用したくないのであればマスクを着用しなければいいだけの話です。
問題なのは、マスク着用を強制させたり、義務化させることだと思います。
コロナが流行した当時は飛行機に乗る際や、お買い物する場所によっては、マスクの着用を促すこともありました。2026年の今現在も職場によってはマスクの着用を徹底的に行なっているところもあります。
そろそろマスク社会終わりにしませんか?って言いたくなるのは私だけでしょうか?
ちなみに、マスクの基本的な網目の大きさは約0.005mmです。
それに比べウィルスの大きさは約0.0001mmです。
つまり、マスクの着用は感染を予防する効果が低いと思われます。
それに加え、マスク着用することによってのデメリットが多々あります。
- マスク着用前後で可動域が固くなる。これは、酸素の取り入れる量がマスクで抑制されるからです。すなわち、怪我をしやすくなるということです。
- マスクそのものに菌が付着するため、かえって感染しやすくなる場合がある。どうしても、マスク着用したい場合は一〜二時間に一回のペースでは交換することをオススメします。
- 無駄にお金がかかり、ゴミが増えることがある。
- マスク着用時には笑顔や表情が見えにくくなることがあるため、ノンバーバルコミュニケーション(非言語)における意思疎通が抑制されます。
- 息が苦しくなる。酸素不足により免疫が低下したり、自分が出した二酸化炭素を吸うことにより呼吸するのが苦しくなることがあります。
そもそも、人間の体内には約38兆個の細菌がいます。それにもかかわらず、過剰に殺菌だとか、マスク着用だとかで、ウィルスと向き合っているのがおかしいと思います。ちなみに、仮に人の体内に細菌がいなければ人は生きることができません。
風邪をひくことは必ずしも悪いことではありません。むしろ、免疫が働いている証拠です。
その免疫のメンテナンスやバージョンアップを、マスクや安全性が確認できていないワクチンとかで抑制しようとするのは違和感を覚えてしまいます。外出の自粛とかソーシャルディスタンスとかは、もはや論外です。そんなのやりたい人がやればいいだけの話です。
化学製品や情報が溢れた現代社会、私たちは一度あらゆる動物や植物などから自然を見つめ直す必要があるのではないでしょうか?
つまり、各家庭にいる犬や猫、もしくは自然界に住む動物や植物ってマスクしたことありましたっけ?っていう話になります。
繰り返します。日常生活を過ごす上で、不必要にマスクを着用する必要はないと思います。
本当にウィルスが怖いと感じるのであれば、マスクをするよりも免疫を強化した方がいいと思います。免疫の観点から見ていくと『食事の改善』とか『日々の運動』とか『質の高い睡眠』とか『ストレスケア』とか『呼吸を通しての酸素』とかが大切になります。
死者数の違和感〜数字より定義〜
『コロナで亡くなった人は何人です』と言われたとき、まず確認したいのが、その数字が何を数えているのか?です。同じ死亡者数という言葉でも、数え方(定義)が違えば、見える景色もまったく変わります。
例えば、行政の公表においては、新型コロナの陽性者で、入院中や療養中に亡くなった場合、死因を厳密に問わず死亡者数として公表するという取り扱いが示されていました。
つまり、癌や交通事故による死亡など、コロナウィルスの感染と因果関係がなくても、PCR検査の結果が陽性ならコロナで死んだことにされてしまうのです。
もっと分かりやすく言えば、ワクチンの副反応で死亡した場合や、笑うことに我慢できずに窒息死しても、PCR検査の結果が陽性であれば、死に至った状況・状態は関係なく、全てコロナウィルスが原因で死んだとされるのです。
ここで大事なことはコロナで亡くなったという言葉が、状況によっては、『死因』ではなく『陽性者の死亡』を指す場合があるという点になります。
私たちが『日本人は何で亡くなる人が多いのか』を語るときに基準として使われるのは死亡診断書にもとづく死因別の統計です。
年によって多少前後することはありますが、基本的に悪性新生物(癌)・心疾患・老衰などが上位を占めています。
つまり、死者数が重要な観点なら、コロナよりも注目すべきなのは癌や心疾患、ひいては不慮の事故や自殺などではないでしょうか?
加えてコロナ死とされる人の大半は平均寿命と変わりません。よって仕方がないことが多々あるのです。それにも関わらず、コロナ禍当時は、毎日の新規感染者(※陽性者)をカウントしたり、死亡者数を報道したりといった具合に恐怖を煽ることがありました。
個人的な憶測ですが、陽性反応がでた場合、実際の死因を問わずにコロナで死んだことにされるため、本当はコロナが原因ではなく、ワクチンの副反応とかで亡くなった人もいるのでは?と感じます。
一旦、それはさておくとして。コロナが社会不安を拡大させた根本的な原因は、感染症そのものではなく、情報の取扱いや、伝え方にも問題があったのではないでしょうか?と感じます。
以下は令和6年度の『日本の死因別死者数』を表したものとなります。
- 悪性新生物(癌) 38万4,111人
- 心疾患 22万6,388人
- 老衰 20万6,887人
- 脳血管疾患 10万2,821人
- 肺炎 8万176人
- 誤嚥性肺炎 6万3,667人
- 不慮の事故 4万5,743人
- コロナウィルス 3万5,865人(※単に陽性反応で亡くなった場合を含む)
- 腎不全 2万9,665人
- アルツハイマー病 2万5,595人
- その他(自殺・インフルエンザなど) 40万4,460人


テレビ・新聞の違和感〜情報に飲み込まれないために〜
テレビも新聞もSNSも発信するのは人間です。人間が作る以上、そこには視点の偏りや限界が生まれます。
だからこそ、私たちは何かを信じる前に、俯瞰する視点が大切になると思います。
例えば、天気予報で雨だと言っても晴れることもあれば、逆に天気予報では晴れでも実際には雨になることもあります。
つまり、傘を使用するかどうかは自分の目で確かめることが大切になるということです。
あえて極端に言いますが、メディアにおいて、とある情報が流れるということは、その裏では『何かの意図』がある可能性が高いです。
こと、コロナに関しては、不安や恐怖を煽ってワクチンを打たせたかったのでは?と個人的には感じています。
ではなぜワクチンを打たせようとしたのか?と言えば、その理由はいくつかあると思います。
憶測ではありますが、その中での一つにおいては、人のもつ内在的な力を制御したかったからだと思います。
おそらく、2020年代に人のもつ内在的な力を制御したかった理由もあると思います。個人的な独断と偏見になりますが、それは『岩戸開き』と関係しているものと思います。
岩戸開きとは、天と地上を隔てていた扉・岩戸が開かれ、エネルギーや意識の世界が一氣に動き出すことを意味しています。
例えば、日月神示においては、全編を通して、『今は岩戸の中、いずれ岩戸が開く、開いたとき世界は一変する』というような内容で書かれています。
余談ではありますが、ここはアニメワンピースとリンクする部分があると感じています。ワンピースでは『Romance Dawn』という冒険の夜明けと題するタイトルが象徴的で、『新時代』が一つの醍醐味になっています。
つまり、岩戸閉め→世界が暗くなる→情報や心が乱れ、世界が混乱する。
岩戸開き→光がもどる→夜明け→本来の一人一人が秘めた力が覚醒する。
っていう解釈が見えてくるのは偶然でしょうか?
ワンピースでは、太陽(日)や月などの要素がいくつか出てくるポイントなどもあります。また、ワンピースでは、いたるところに言葉遊びがあるように、新しい時とは、新時=神示にも見えてこないでしょうか?
ワンピースの話は一旦おいておきますが、現実世界においても、これから新しい時代が始まるということであり、より多くの人が本来の自分の力を発揮していくことになると思います。
つまり、そうなっては困る『何かの存在』がいるということです。
だから、このタイミングで、人が秘める潜在的な力を制御したかったのでは?と、個人的には感じています。
一応、今あげた情報においても、コロナやワクチンに関する情報においても、そのまま鵜呑みにするのではなく、本当に正しい情報なのかどうかを、自分自身で確かめることが大切になると思います。
つまり、とある情報を目にしたときや聞いたときに大切なことは、その情報は本当に正しいものなのかどうかを自分自身で確かめることが大切になります。
つまり、メディアが公式に発表しているからだとか、誰かが言ったからとか、国が正式に発表しているからとの理由で物事を信用していたら、簡単に洗脳されてしまいます。
まさに宗教と同じです。教祖の言葉を鵜呑みしていたら簡単にマインドコントロールされてしまうように、新聞やテレビなどの情報においても、ちゃんと俯瞰して自分で確かめることが大切になります。
俯瞰する上で大切なことは、一方通行の目線ではなく、四方八方の様々な視点から物事を見ていくことが大事になります。
テレビが雨が降ると言った状況でも、空を見上げることなく、傘を使用するのっておかしいですよね。
傘を使用するのか否かは、先ずは空を直接見て判断するべきじゃないでしょうか?
マスクやワクチンも一緒です。
厚生労働省が言っているからとか、あの人が言っているからとか、職場の決まりだからとか、関係ありません。
『自分はどう思っているのか?』とか『自分はどう感じているのか?』が大切になります。
つまり、自分の人生のハンドルを握れるのは自分だけということです。
そのハンドルを誰かや、メディアや、宗教などに渡すと、行きたい方向とは違った場所に辿り着くことがあります。
だからこそ、人生で大切なことは自分の心の中にあるハンドルを自分で持つことが大切になります。そこで自分が出した選択肢の答えを自分の手で正解にしていくことが人生の醍醐味になります。
ただし、注意が必要なのは、人は誰でも防衛本能の機能が備わっています。つまり、無意識のうちに自己正当化してしまうことがあるということです。
例えば、とある家庭で、子どもが廊下に置いてあったバケツを、母親が蹴ってしまい、バケツの水をこぼしたとします。
その際、バケツを置いた方も、バケツを蹴った方も、互いに相手が悪いと感じる場合があります。
例えば、母親の観点から見ていくと、『なんでこんな場所にバケツを置いているの!』と子どもに注意する人もいると思います。
しかし同時に立場を変えても、子どもに責任を問うことがあるということです。
つまり、母親が水の入ったバケツを廊下に置いて、それを子どもが蹴り、バケツの水をこぼした場合、母親は子どもに対して『あんた何処に目をつけているの!』って注意するのがオチになります。
このように人は自分を守るために、無意識に自分の価値観が正しいと信じ込む傾向があります。そして自分の価値観と違うものを見たり聞いたりするときに不快に感じることがあります。結果的にそこで感情を抑圧する人もいれば、価値観の違う他者を責めたりする人もいます。
だからこそ、ときに相手の立場になったり、様々な視点から見ていくことで物事を俯瞰して見ることが大切になります。
シェディング対策一覧
シェディングとはワクチンの影響による毒素を体外に放出した人から受ける影響のことをいいます。
以下、シェディング対策一覧を紹介しておきます。あくまでも可能性の一つでることをご了承ください。中にはワクチン接種による悪影響を軽減させる効果もあるのでは?と思います。
- アーシング
- 塩化マグネシウム風呂
- 5ALA
- 断食
- ビタミンC・ビタミンD
- コロイドヨード
- グルタチオン
- よもぎ・松葉茶
- ミネラル・鉄分・亜鉛
- 水素酸素(https://www.lamagnolias.com/hho-rental)
- Cosmostics Reset(https://www.lamagnolias.com/shop/cosmostics-reset)
- 健康的な食事・睡眠・運動・ストレスケア
- 自分自身の周波数(免疫)を整える
※冒頭でも書いていますが、この記事にある内容は医療的な見解を述べたものではなく、個人的な感想・見解になることを念の為、繰り返しお伝えしときます。
まとめ
このブログ記事の要点は以下の通りになります。
- 新形コロナウィルスはただの風邪!
- PCR検査での陽性=感染者ではない。
- ワクチンを接種した結果、後遺症で苦しんでいる人がたくさんいる。
- コロナで死んだとされる人の大半は平均寿命と変わらない。
- マスク着用はかえって感染リスクをあげる場合がある。
- 国民を洗脳するときにテレビや新聞が利用されることがある。
- ワクチンによる健康被害はシェディング対策一覧が役立つかも?
結論、コロナウィルスは怖いものではないので安心していただければと思います。
一応、マスクするのも、ワクチンを接種しつづけるのもいいと思います。私はオススメはしませんが否定もしません。
ただし、結果として、あなたの人生にとって幸せに結びついていますか?って言うのが大切な観点だと思います。
私たちは誰かの期待に応えるために生まれた訳でもなければ、何かの支配やコントロールを受けるために生まれた訳でもありません。
単純なことですが、私たちが生まれたのは自分自身の人生を生きるためです。
どうか、周りの環境や集団的意見ではなく、自分自身の価値観を信じてください。
あなたには、あなただけの大切な心があります。
あなたの心が本当にやりたいと感じていることは何ですか?
是非、それを叶えていただければと思います。
いずれ、私たち一人一人の心が幸せを感じる延長線上で、この世界が優しさで包み込まれることを信じています。



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