- 日蓮大聖人の歴史とは?・・・
- 日蓮正宗の矛盾点とは?・・・
- 宗教の洗脳における構造とは?・・・
日蓮正宗の現在の信者は約80万人程いるとされています。世間の認識ではあまり知られていませんが、日蓮宗と日蓮正宗は違います。又、宗教団体で有名な創価学会や顕正会もかつては日蓮正宗が率いる法華講という組織の一つの講中でした。要するに日蓮正宗も創価学会も顕正会も昔は仲間だったということです。しかしながら日蓮宗と日蓮正宗が分断したように、日蓮正宗の中においても、枝葉が分かれるごとくに組織が分断して今に至ります。もし仮に組織の分断がなければ、今頃は信者の会員数一千万人を超える日本で一番大きな力をもった宗教団体になった可能性すらありえます。
今回、記事のタイトルにもあるように、日蓮正宗の洗脳の解き方を紹介していきますが、誤解のないようにまず最初に伝えておきます。この記事では日蓮正宗の信仰を否定・批判するつもりは毛頭ありません。むしろ本人とって信仰するのが大切なことだと感じるのであれば積極的に活動に取り組んでもいいと思います。つまり個人の意志の尊重こそが最重要だと考えています。
ではここから先本題に入ります。
日蓮大聖人の歴史
まず始めに日蓮大聖人の歴史について、年代順に見ていきましょう。
【貞応元年】(1222年)安房国(千葉県)長狭郡東条の郷小湊に生まれる。
【天福元年】(1233年)12歳の当時の頃の名前は『全日麿』でした。幼少の時から仏法を学ぶ志を立てられ清澄寺に登り、住職・道善房のもとで修学の第一歩を踏み出します。
【嘉禎3年】(1237年)剃髪し、名前を『是生坊蓮長』と改めます。
【建長5年】(1253年4月28日)32歳の春、清澄寺で立宗宣言します。名前を日蓮と改め、仏法(三大秘法)の弘通を開始されます。
【正嘉元年】(1257年)5月・8月・11月の三度の大地震が鎌倉で起こる。
【正嘉2年】(1258年)台風や大洪水等の異常気象が起こる。
【正嘉3年】(1259年)大飢饉が起こる。
【正元元年】(1259年)大疫病が流行る。
【正元2年】(1260年)大疫病やまず、国中の大半の人が死に至るという状況に至る。
【文応元年】(1260年7月16日)巨大地震などの天変地夭は他国から侵略される前触れであることを悟り、立正安国論を時の国主・北条時頼に奏進する。
【文応元年】(1260年8月27日)日蓮大聖人を憎む念仏者たちが松葉ヶ谷の草庵(日蓮大聖人の居住地)を襲撃する。夜打ちを企てた暴徒は武器を手に持ち草庵になだれこんだが、そこに日蓮大聖人はいなく、腹いせに草庵を破壊し引き上げます。(一説によれば、襲撃を予感した猿が日蓮大聖人を導き護ったとされています。)
【弘長元年】(1261年5月12日)生存が見つかり伊豆へ流罪される。執権・北条長時が日蓮大聖人を憎む父(北条重時)の心を知って、ただの一度も取り調べることなく断行したものとされています。
【弘長3年】(1263年2月22日)北条時頼が人の讒言による冤罪と知って赦免状を発し、1年9ヶ月続いた伊豆流罪が終わる。
【文永元年】(1264年11月11日)房州小松原において、東条景信率いる軍勢が日蓮大聖人を襲撃するという小松原の剣難が起こる。この時、東条景信が太刀を振り下ろし日蓮大聖人の額に12センチの傷を負わせたとされています。
【文永5年】(1268年1月18日)大蒙古より「属国となって朝貢しなければ侵略する」という旨の国書が到来する。
【文永5年】(1268年10月11日)日蓮大聖人は日本国を救うべく、公場対決(国王・大臣等の面前で行う法論)を以て仏法の正邪を一挙に決めようとされます。公場対決申し入れの書状は為政者や諸宗の代表者等の11箇所に送られましたが、いずれも拒絶や無視などの反応だったとされています。
【文永8年】(1271年9月12日)国家権力を用いての理不尽な死刑が決断されます。文永8年9月12日の夕方頃、平左衛門は数百人の武装兵士を率いて日蓮大聖人の草庵を襲ったとされています。その日の午前零時頃、数百人の武装兵士の警護のもと死刑執行場である竜の口に進まれます。やがて若宮小路を出て鎌倉八幡宮の前にさしかかったとき、日蓮大聖人は立ち止まり、次の言葉を声に出したそうです。
「各々騒がせ給うな。別の事はなし。八幡大菩薩に最後に申すべき事あり。
いかに八番大菩薩はまことの神か。・・・
今日蓮は日本第一の法華経の行者なり。其の上身に一分のあやまちなし。日本国の一切衆生の法華経を謗じて無限大城(無限地獄)におつべきをたすけんがために申す法門なり。又大蒙古国よりこの国をせむるならば、天照太伸・正八幡とても安穏におはすべきか。其の上、釈迦仏 法華経を説き給いしかば、・・・
各々法華経の行者にをろかなるまじき由の誓状まいらせよとせめられしかば、一々に御誓状を立てられしぞかし。さるにては日蓮が申すまでもなし、急ぎ急ぎこそ誓状の宿願をとげさせ給うべきに、いかに此の処には落ちあわせ給わぬぞ。
日蓮今夜頸切られて霊山浄土へまいりてあらん時は、まづ天照太神・正八幡こそ起請を用いぬ神にて候いけれと、さしきりて教主釈尊に申し上げ候わんずるぞ。いたしとおぼさば、いそぎいそぎ御計らいあるべし」
成道御書
つまり鎌倉八幡宮の前で、「どうか守ってください」と嘆願しているのではなく、「なぜ守らぬのか」と叱責した上で、八幡大菩薩に対して「急いで、考えを改めるべし!」と申し付けたとされています。
その日の午前3時頃、竜の口刑場に辿り着きます。
そして太刀取りの越智三郎が日蓮大聖人の側に立ち、死刑を執行すべく太刀を振り下ろそうとします。
その瞬間、突如として巨大な満月のような光り物が出現し太刀取りの越智三郎は目がくらんでその場に倒れ伏し、又、光の衝撃により太刀がいくつにも折れてしまい、結局のところ日蓮大聖人を殺すことが出来なかったとされています。
先程の言葉を踏まえて、光り物の現象を見るとき、日蓮大聖人が諸天善神を動かしたものとされています。またそれは同時に御本仏としての絶大威徳を示したものとされています。
【文永8年】(1271年10月10日)幕府は評議を重ねた結果、日蓮大聖人を佐渡へ流罪します。
【文永11年】(1274年3月13日)日蓮大聖人に一分の罪もないことを知った北条時宗が赦免の決断を下し、佐渡への流罪は2年6ヶ月で終わったとされています。
【文永11年】(1274年4月8日)再三に及ぶ国家諌暁を行い、今年中に大蒙古が侵略してくることを予言されます。
【文永11年】(1274年10月5日)文永の役起こる。蒙古の軍兵2万5千人が本格的な侵略を始めようとするタイミングで嵐があったため本国に引き揚げたとされています。
【弘安2年】(1279年10月12日)本門戒壇の大御本尊建立される。
【弘安4年】(1281年5月)弘安の役起こる。兵力は前回の約6倍に増え14万2千人が海を渡ってきたとされています。しかし、本土侵攻のタイミングで、またしても暴風雨が荒れ狂い、台風によって撤退を余儀なくされることになります。日本が滅びなかった理由は二つあるとされています。一つ目は竜の口の法難の際、頸を切ろうとしたけど光り物の現象により切れなかったからという解釈があります。つまり、日本の柱(仏)は倒されようとしたけど倒されなかった故に、日本国も滅ぼされようとしたけど滅びなかったとされる説があります。そして二つ目は、日蓮大聖人が諸天善神を動かして台風を引き寄せたとする説です。(以下参照)
聖人国に在るは、日本国の大喜にして蒙古国の大憂なり。諸竜を駆り催して敵舟を海に沈め、梵・釈に仰せ付けて蒙王を召し取るべし。君既に賢人にましまさば、豈聖人を用いずして徒に他国のせめを憂えんや
滝泉寺申状
【弘安5年】(1282年5月29日)第91代後宇多天皇は、日蓮大聖人が国を思う誠実さを褒められ、「朕、他日法華を持たば、必ず富士山麓に求めん」との下し文を与えたとされています。
【弘安5年】(1282年4月8日)太田金吾に三大秘法抄を与えられる。
【弘安5年】(1282年9月)日興上人に本門戒壇の大御本尊を付属し滅後の大導師に任ぜられる。
【弘安5年】(1282年10月13日)8時頃、61歳にして御入滅されると同時に大地がゆらゆらと揺れ動き、また桜がいっせいに咲き乱れたとされています。
日蓮正宗による洗脳の解き方!
ではここから先、本題である洗脳の解き方について見ていきましょう。
まず先に、洗脳を解くために必要な結論を3つ紹介します。
- 日蓮正宗で説かれてる内容に矛盾点はないか?を探す。
- 5W1Hを明確にし、それは事実か否かを俯瞰的(客観的)に見てみる。
- 洗脳の構造を知り、本来の自分に立ち返る。
以下、それぞれ具体的に解説していきます。
日蓮正宗の矛盾点とは?
日蓮大聖人の歴史を見ていく上で一番大切な観点は、三大秘法を持って人々を救うというところにあります。三大秘宝とは本門の本尊と本門の題目と本門の戒壇とされています。
「問うて云く、如来(釈尊)の滅後二千余年、竜樹・天親・天台・伝教の残したまえる所の秘法何物ぞや。答えて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」
法華取要抄
「此れ(三大秘法)は是れ、文底秘沈の大事、正像未弘の秘法、蓮祖出世の本懐、末法下種の正体にして、宗門の奥義此れに過ぎたるはなし」
文底秘沈抄
本門の本尊と本門の題目においては鎌倉時代において完成されていますが、本門の戒壇においては、広宣流布の時に国立戒壇を建立すべし!との御唯命があります。御唯命の戒壇が国立戒壇にあたることは以下の記事にまとめていますので、ここでは詳細を省きます。
日蓮正宗は元来、血脈というものを大事にしてきた歴史があります。なぜ血脈が大事なのかと言うと、それが三宝に直結するからです。三宝を大切にするのは仏教全般に言えることです。例えば聖徳太子が十七条の憲法の中で次の一節を用いています。
篤く三宝を敬え、三宝とは仏と法と僧なり。
十七条の憲法(第二条)
では、日蓮正宗における三宝(仏法僧)の定義について見ていきましょう。
| 仏 | 日蓮大聖人 |
| 法 | 本門戒壇の大御本尊 |
| 僧 | 日興上人・代々御相承を受け継いできた歴代上人 |
「仏宝、即ち是れ蓮祖大聖人なり(中略)法宝とは、即ち是れ本門の大本尊是れなり(中略)僧宝とは、即ち是れ開山上人なり」
二十六世・日寛上人(当流行事抄)
ここで話を血脈に戻します。日蓮大聖人はお悟りの全て(本門戒壇の大御本尊)を日興上人に託されます。これを唯授一人の血脈相承と言います。そして本門戒壇の大御本尊を国立戒壇に安置すべし!と御命令されます。ちなみに日興上人は日目上人に対して血脈相承を行っています。
日興が身に宛て給わる所の弘安二年の大御本尊 日目に之を授与す、本門寺に懸け奉るべし。
日興跡条条事
日蓮大聖人からの御唯命を受けて第二祖日興上人・第三祖日目上人並びに以下歴代上人は、国立戒壇を建立するという意志を大事にされてきました。
例をあげれば次のようになります。
「宗祖・開山出世の大事たる、政仏冥合・一天広布・国立戒壇の完成を待たんのみ」
五十九世・日亨上人(大白蓮華十一号)
「唯一の国立戒壇すなわち大本門寺の本門戒壇の一ヶ所だけが事の戒壇でありて、その事は将来に属する」
五十九世・日亨上人(富士日興上人詳伝)
「国立戒壇の建立を待ちて六百七十余年今日に至れり。国立戒壇こそ本宗の宿願なり」
六十四世・日昇上人(奉安殿慶讃文)
「蓮祖は国立戒壇を本願とせられ、これを事の戒壇と称せられた」
六十五世・日淳上人(日淳上人全集)
「大聖人は、広く此の妙法が受持されまして国家的に戒壇が建立される。その戒壇を本門戒壇と仰せられましたことは、三大秘法抄によって明白であります」
六十五世・日淳上人(日蓮聖人の教義)
「富士山に国立戒壇を建設せんとするのが日蓮正宗の使命である」
六十六世・日達上人(大白蓮華35年1月号)
「真の世界平和は国立戒壇の建設にあり」
六十六世・日達上人(大日蓮35年1月号)
「事の戒壇とは、富士山に戒壇の本尊を安置する本門寺の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は広宣流布の時の国立の戒壇であります」
六十六世・日達上人(大日蓮・36年5月号)
創価学会においても曽ては国立戒壇建立を目的にしていましたが現在では完全に否定しています。その理由としては公明党が政治進出する上で「国立戒壇」という概念が邪魔になったためです。しかし、創価学会の会長(池田大作)一人だけが「国立戒壇」を否定しても会員は誰も信じません。そこで目をつけたのが上人という立場の地位(権力)でした。結果、創価学会と日蓮正宗は手を取り合い共に「国立戒壇」を共に否定するようになります。そして変わりに「正本堂」という建物を作り、その正本堂を指して「御遺命の戒壇」というようになりました。
そして、六十七世・日顕上人は「国立戒壇の誤りについて」という本を執筆されます。この本の概要は「国立戒壇は憲法第二十条に定められた政教分離の原則によって違反になる」と記載された上で三大秘法抄で説かれている内容においても自分勝手な解釈(己義)が用いられています。一例を示すと以下の通りになります。
- 「王法」=「政治をふくむあらゆる社会生活の原理」
- 「王臣一同」=「民衆一同」
- 「有徳王」=「池田大作先生」
- 「勅宣並びに御教書」=「すでに現憲法の信教の自由の保障によって実現されている」※別の書物(本門事の戒壇の本義)では「勅宣・御教書」を「建築許可証」と解釈されています。
- 「時を待つべきのみ」=「現在も王仏冥合の時と云える。現在戒壇建立の意義をもつ建物を建てるべき時である」
自分勝手な解釈のことを己義と言いますが、その己義を用いているのが管長という立場にいる日達上人(第六十六世・管長)や日顕上人(第六十七世・管長)だからこそ厄介なのです。大切なことなので繰り返しますが、創価学会においても、日蓮正宗においても、昔は国立戒壇を目的としていましたが、その国立戒壇を否定しているのが問題なんです。それだけではなく、正本堂という偽物の戒壇を作り、信者を騙していたのも大きな問題点です。(以下参照)
「此の正本堂が完成した時は、大聖人の御本意も、教化の儀式も定まり、王仏冥合して南無妙法蓮華経の広宣流布であります」
六十六世・日達上人(大白蓮華201号)
宗祖大聖人の御唯命である正法広布・事の戒壇建立は御本懐成就より六百八十数年を経て、現御法主日達上人と仏法守護の頭領・総講頭池田先生により、始めてその実現の大光明を顕わさんとしている」
六十七世・日顕上人(昭和42年・正本堂発願式において)
結果的に創価学会や日蓮正宗が御唯命の戒壇と讃えた正本堂は完成後26年で崩壊していますが、今現在においても国立戒壇を否定しているのは矛盾した話です。
5W1Hを明確にし、それは事実か否かを俯瞰的(客観的)に見てみる。
私たちは日々、膨大な情報の中で生きています。宗教に限らず、情報を取り入れる時に大切なのは、自分の頭で考え、確かめる力ではないでしょうか。その土台となるのが5W1Hというシンプルな考え方です。

5W1Hとは、以下の英単語の頭文字をとったものです。
『When:いつ』・『Where:どこで』・『Who:誰が』・『What:何を』・『Why:なぜ』・『How:どのように』
5W1Hの観点から日蓮大聖人の歴史を見た場合の一例を示すと次のようになります。
| When | 1253年4月28日 |
| Where | 清澄寺で |
| Who | 日蓮大聖人が |
| What | 立宗宣言を |
| Why | 広宣流布のため |
| How | 決意を固め、合掌し南無妙法蓮華経と唱える。 |
5W1Hを明確にした次は、Whyをさらに深掘りしていくのがオススメです。例えば、立宗宣言したのはなぜ?という問いに対しては広宣流布と記載していますが、ここでさらに、広宣流布を目指すのはなぜ?という疑問を重ねていきます。すると、仏国を実現するためとかの答えが見えてきます。そうしたら、さらにまた、Whyを繰り返し当てはめ考えていきます。つまり、仏国を実現するのはなぜか?という質問がでてきて、それに対する新しい答えとして、全人類を成仏させるためなどの解答になることもあるかもしれません。
このようにWhyを繰り返し深掘りし、物事に筋道を立てて矛盾点をなくしていきます。このことをロジカルシンキング(論理的思考)と言います。そして、筋道を立てた一つの論理に対して今度はその出来事が本当に事実か否かを見ていきます。要するに物事を疑ってみるということです。このような批判的思考のことをクリティカルシンキングと言います。なぜそのような思考法が大事になってくるのかというと、物事を客観的かつ俯瞰的に見ていくためです。
ではここで、クリティカルシンキング(批判的思考)を用いて、日蓮大聖人の歴史を見ていきましょう。
1253年4月28日、清澄寺の頂に立たれた日蓮大聖人は太陽に向い「南無妙法蓮華経」と唱え立宗宣言されたとされています。このことを批判的に見た時の結論としては、本当に立宗宣言をしたのかは誰も分からないというのが一つの答えになってきます。なぜなら現代社会に生きる私たちは、立宗宣言された時の様子を誰も見ていないですし、そもそも、令和の時代に生きる私たちにおいては日蓮大聖人の顔を見た人すらいないのです。ですので竜の口の法難や諸天善神を動かしたとされる現象などは誰も事実確認出来ないのが現状です。
ここでのポイントは二つあります。
一つ目のポイントは事実の定義です。事実とは、誰が見ても同じ結果になる答えということです。つまり、世界に100億人の人がいた場合、その100億人の全員が確かめることができる出来事や状態のことです。
例えば、Aさんという人物の体重が50kgだった場合、このとき体重計を見ることで万人共通して確認できるものが『50kg』という体重になります。つまりAさんは事実上、体重50kgということが言えます。
では、その観点から見ていくとき、1253年に日蓮大聖人が清澄寺で立宗宣言されたのは事実でしょうか?
答えは否になります。なぜなら、先にも述べたように誰も立宗宣言したときの様子の確認ができないからです。要するに、日蓮大聖人が立宗宣言したことが真実であると断言することは誰にもできないのです。
そして二つ目のポイントは歴史は、ときに嘘をつくことがあるということです。
例えば、3.11(東日本大震災)の時は人工地震の可能性があったり、9.11の時は、実は飛行機が突撃していなかったりする可能性があったりします。(以下参照)
3.11や9.11だけじゃなく、本当の歴史の内容が隠されていることは多くあります。近年でいえば、新型コロナウィルスに関する報道も、その一例だと感じています。
流行当初の報道では、感染者数を毎日のようにカウントしては、感染すれば命を落とすかもしれない危険な病氣といったような表現が連日繰り返されていました。そのため、多くの人が強い恐怖を抱いてはワクチンを接種したり、マスクを着用したり、アルコール消毒を行ったりしていました。
またコロナ感染の有無を調べるために、PCR検査が用いられていますが、このPCR検査ではCT値と呼ばれる増幅回数の設定によって、検出の感度が大きく変わります。CT値を高く設定すると、ごく微量のウィルスの残骸も検出されることがあります。つまり、場合によっては、すでに感染力を失った断片までも検出されることがあるということです。
その結果、症状がなかったり、他人にうつす可能性がほとんどない人でも陽性と判定されることもあります。このような人も統計上は感染者数に含まれるため、実際に感染を広げる可能性のある人の数と、メディアで報道されている感染者(陽性者)との間にズレが生じることになります。
例えば、ある人物を特定するためには、顔や体型、声など全体の情報を見る必要がありますが、指先の爪だけを見て「この人だ!」と断定することはできません。
PCR検査もこれに似ていて、「ウィルスの一部の情報」は分かりますが、感染力の強さの状態や、どれほど体内に存在しているのか?といった点まではPCR検査単独では判断できません。そもそもPCR検査を開発したキャリーマリス氏は「新型コロナウィルスを特定するためにPCRを作った」なんて一言も述べていません。
しかし現実には、陽性=危険な感染者という単純な図式で扱われる場面が多く、感染者数の増加だけが強調されることで、社会全体の不安と恐怖が急速に拡大していきました。そのため、コロナが流行した当時は飛行機に乗る際や、お買い物する場所によっては、マスクの着用を促すこともありました。
私は、新型コロナという病氣そのものより、メディアの報道の仕方に問題があったのでは?と感じています。
そもそも、人間の体内には約38兆個の細菌がいます。それにもかかわらず、過剰に殺菌だとか、マスク着用だとかで、ウィルスと向き合っているのがおかしいと思います。ちなみに、仮に人の体内に細菌がいなければ人は生きることができません。
風邪をひくことは必ずしも悪いことではありません。むしろ、免疫が働いている証拠です。その免疫のメンテナンスやバージョンアップを、安全性が確認できていないワクチンとかで抑制しようとするのは違和感を覚えてしまいます。しかも、国とワクチン会社の契約内容も公開されていない現状があります。本当にワクチンの成分が安全なら、きちんと丁寧に副反応のリスクについて説明したり、情報開示しても差しつかえないです。
つまり、コロナが社会不安を拡大させた根本的な原因は、感染症そのものではなく、情報の取扱いや、伝え方にも問題があったのではないでしょうか?と感じます。
繰り返しになりますが、世に出回っている情報や歴史は嘘をつくときがあります。つまりそれは日蓮大聖人の生きた歴史においても同じことが言えます。
しかし、ここで百歩譲って日蓮大聖人の歴史が全て事実上あったことにしましょう。それならそれで疑問点がでてきます。例えば、仏様は、星・月・太陽などの諸天や、天照大神・八幡大菩薩などの善神を動かすことができる力をもっているとされているのに、なぜ当時(鎌倉時代)で広宣流布し平和の土台を築きあげなかったのでしょうか?又、未来を見通す力もあるはずなのに、なぜ広宣流布になる日付を具体的に示さなかったのでしょうか?
多くの宗教は「信じる心が大切だ」と語ります。その言葉は、一見すると救いへと導く言葉のように思われますが、ときに人から自分で考える力を奪い、依存を生み出してしまうこともあります。
もしも、私がこの世界を支配する側の立場だったとしたら、人々を支配・統制するために、宗教という仕組みはとても便利だと感じると思います。
例えば、魚を水族館で飼ったり、鳥を鳥カゴで飼うような状況ににています。要するに、毎日、餌を与え、守っているように見せながら、海をどこへでも泳いでいける自由さや、空をどこまでも飛べる存在だということを、少しずつ忘れさせてしまうようなものです。
つまり、地獄や罰、はたまた成仏や功徳という言葉は、心を縛る鎖にもなりえるということです。
その心を縛る鎖の正体がマインドコントロールとなります。要するに洗脳とは外側に依存させる仕組みのこととなります。
それを踏まえた上で、次章では洗脳から脱却する方法について説明していきます。
洗脳の構造を知り、本来の自分に立ち返る。
宗教に限らず、人を洗脳する構造っていうのは共通しています。
- 情報を与え、先入観を植え付けられる。
- 先入観に植えつけらたフィルター(色眼鏡)で世の中を見るようになる。
- 自分本来の生き方を忘れてしまう。
- 外側にある教えに依存が生まれる。
- 他人軸になるにつれ、思考が停止した状態になる。
- 教祖・教典に説かれている内容や、誰かの発言や価値観をインストロールする。
- インストロールしたプログラムを忠実に行うロボットに近い存在になってしまう。
恥ずかしい話ではありますが、上記の1〜7までのプロセスを一通り経験したことがあります。
つまり、人が宗教などで洗脳された状態になると、「どう生きたいか」よりも「どう生きるべきか」が優先されるようになります。
しかしながら今の時代は風の時代と言われているように、その生き方のシフトをする段階に入っているように感じます。
スピリチュアルの観点は一旦おいておきますが、大切なことは本来の自分と繋がることだと思います。
ですので、あえて極端な言い方をしますが、これからの時代、「どう生きるべきか」よりも「どう生きたいのか」を自分に問うことが大切だと思います。
なぜなら、この世界に絶対的な答えなんてないからです。つまり、物事に対する見る角度が変われば、捉え方も変わってくるということです。
最近はこのことを繰り返し述べることが多くなっていますが、なんとなく偶然ではないことを感じています。
どういうことか?というと、時代の転換期に入っているということです。
人には氣分や感情の波があったり、あるいは季節に春夏秋冬があるように、フラクタルの構造的に見ていくと、時代の流れにおいても変化するということが言えると思います。
要するに今までの時代は人の心が多少荒れたり、人のだす周波数が低下していたりする時代だったため、意識の力が暴走するのを抑制する必要があったものと思われます。その役割を担っていたのが宗教になります。だから宗教というのは宗派は違えど、共通する類似点がいくつも存在します。
例えば、仏教では、人の心が荒れる時代のことを指して末法濁悪と言いますが、同じように、キリスト教では終末の時代・イスラム教ではアーキル・ザマーン(終末の兆候の時代)・ヒンドゥー教ではカリ・ユガ(争い・貪欲に満ちた最悪の時代)などといった表現になっています。そしてその各宗派を信仰し、正しく実践することで必ず救われるとの結論に辿り着くのが一般的な宗教の見解です。
先ほど、事実の定義においては正しいか否かの判断基準があり、正しい答えは万人共通して一致するものと述べました。
しかし、一方で物の見方や解釈においては正解も不正解もありません。
例えば、とある物体を指さして、丸い形と言ったり、四角い形と言ったり、三角の形と捉えても大丈夫ということです。

つまり、ここでの結論は洗脳を解くというのは、自分の人生のハンドルを、もう一度、自分の手に取り戻すことだということです。
一つの物体を丸い形・四角い形・三角の形と捉えることができるように、日蓮正宗の信仰こそが唯一無二の最高に尊い教えであると解釈することもできます。ちなみに、日蓮正宗の信仰だけじゃなく、すべての宗教にも同様のことが言えます。
しかし、宗教の教えや、他人の価値観を忠実に行う人生では自分の力を失います。
実体験を例にあげると、私は高校一年生の頃に宗教(顕正会)の勧誘をうけ、いつの日か、自分自身の力(内側)よりも宗教の力(外側)を崇拝し信じるようになりました。そして多くの友人を勧誘(折伏)していきました。しかし、そこでいろんな反発を受けることになります。
例えば、家族でいうと「家から出て行け!」とか「宗教やるならご飯あげない!」とか、ときに叩かれることも何度もありました。また、家族だけではなく、自分が友だちと思っていた人からも、距離を置かれたり、罵倒されることも多々ありました。
人を救おうと思って、宗教を進めているのに、時に殴られ、時に蹴られ、時に罵詈雑言の影響から心にダメージを受けてしまいます。次第に勧誘することに抵抗感を覚えますが、宗教の教えでは、人が地獄に堕ちることなく成仏する方法は、宗教を信じる必要があるとの答えのみでした。
仕方なく、心の抵抗感を感じながらも、多くの人に宗教勧誘を行っていった結果、ついには言葉がでなくなることもありました。
だから、この記事を見ているあなたに伝えたいことは、自分の心を大切にしてくださいということです。
もう一度、繰り返しますが、これからの時代は、「どう生きるべきか」よりも「どう生きたいのか」を考えることが大切になります。
善悪二元論の世界で生きていては息をするのが苦しくなることがあります。息とは自分の心と書きます。つまり、正しさとか間違っているとかの判断基準に囚われていると、自分の心が苦しくなることがあるんです。そのことは、私の体験談で伝えた通りです。さらに詳細について知りたい方がいらっしゃれば以下の記事にまとめていますので参考にしていただければと思います。
「どう生きたいのか」を考えて、自分の望む世界を築こうとするとき、ときには誰からも評価されなかったり、アンチからの批判を受けることもあると思います。
例えば、私の場合であれば『この世界に築かれた洗脳社会を終わらせる』だとか、『この世界を優しさで包み込む』だとか、『より多くの人の心の傷を癒すことができるセラピストになる』だとか、そういった目標を再三言っていますが、ときに誰からもいいねされなかったり、誰からも共感されないこともありました。
夢を語れば笑われ、志を語れば無理だと思われ、理想を語れど共感されない世の中。
そういった時代の流れが少なからずいまだにある部分もあると思います。
だけど、最近わかってきたことがあります。
誰にも笑われない夢なら、それは夢とは呼ばず、誰もが簡単に実現できてしまうものであれば、もはやそれを志とは言えず、誰もが共感できる内容なのであれば、新しい創造は生まれない場合もあるって、最近思うようになりました。
例えば、千年前にタイムスリップして、空飛ぶ乗り物があると説明したり、遠くにいる人とでもお話しできると言っても信じてもらえないことがあるということです。
だけど、自分が望む世界線を、本氣で築いていこうとするとき、自分の心にだけは、嘘をつかずに生きることが大切になります。
自分の心と向き合うことで、きっと道はいい方向に進むと思います。そのことを示しているのがイチロー選手や大谷選手などになると思います。
彼らは、ときに変わった人と呼ばれたり、ときに孤独を感じるような経験をしたこともあると思います。
ちなみに、私たち全員が、イチロー選手や大谷選手のようになる必要はないと思います。
ときに、ただただ呼吸したり、自然を感じたり、動物と触れ合ったり、お買い物やゲームを楽しんだりすることが大切になる人もいると思います。
つまり、ここでの結論としては、どのような行動をしているのか?よりも、どのような心の状態で行動しているのか?が大切になるということです。
ですので、まずは自分が本当にやりたいことは何なのか?とか、自分が好きなことは何なのか?っていうことを自問自答してみることをオススメします。
まとめ
この記事では宗教(日蓮正宗)による洗脳を解くために三つことを紹介していきました。一つ目には、信じている宗教の教えの中に矛盾点を見つけることでした。二つ目には、物事を客観的(俯瞰的)に見てみることをオススメしました。そして三つ目には、洗脳の構造と自分軸を取り戻す大切さを紹介していきました。
人生とは遊園地のようなものです。
遊園地で何に乗るのかを決めるのは他者ではなく、自分です。
ジェットコースターに乗るのを選ぶ人もいれば、観覧車に乗る人もいます。場合によってはベンチに座って風に吹かれている人もいます。
どれも正解で、間違いなんてありません。
人生も同じです。
どの選択肢を選んでも大丈夫です。すべて自分の意思で決めることが大切です。
自分の人生の選択肢を自分で決めないということは、行き先を伝えないまま車のハンドルを誰かに渡すことににています。
その場合、本当は北の海に行きたかったのに、氣がついた頃には、最南端の山に行っていることだってありえます。
自分の行きたいところに自由に行くためには、人生のハンドルを自分で握ることが大切になります。
一人一人の自由な人生が、この世界(宇宙)というパズルの要素になると思います。
一つ一つのピースに正解や不正解などなく、同時に良きも悪きもありません。何なら全て正解です。
つまり、自分にとっての良き行動が相手にとっては悪い行動になることもあるでしょうし、自分にとっての正解が相手にとっては不正解に見えてくることもあります。答えは一つじゃありません。
物事は一方通行ではなく、全体図から見たときに、はじめて本質というのが理解できるようになります。
そして、自分の人生の道の答えを自分の中に見つけるのか?あるいは外側の他人の価値観や宗教などから答えを探し出そうとするのか?っていう部分においても大きな違いがでてきます。
大切なことは、あなたの人生の答えはあなただけの心の中にあるということです。
なぜなら、あなたという存在はこの世界でたった一人しかいないのですから!
それはつまり、あなたの心を幸せにしてあげられるのはこの世界で、あなただけということです。
あなたが信じた道のりが光輝く世界になることを願っています。
最後にイチローの名言を紹介して、この記事の締めくくりにしたいと思います。
「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道」
イチロー






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